言語学や生理学の最近の研究の結果からは、ネイティブ・スピーカー並みに外国語を話せるようになるには、6歳(遅くとも10歳)くらいまでにその言語に接することが必要です。私は1987〜1988年度フルブライト研究員としてカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に留学する機会を得ましたが、当時、娘は6歳、息子は5歳でした。ふたりとも近くの学校に通い始めました。しばらくして、私は子供たちに「誰か友達ができた?」と聞きました。すると、息子は「メニョーと仲良し」、娘は「ブジュニアはいい子よ」と答えるのです。「メニョーとブジュニア?」、私は首をひねりました。南カリフォルニアなのでヒスパニック系の子供かな、などとも考えました。しかし、間もなくそれがManuel(マニュエル)とVirginia(バージュア)であることがわかりました。子供たちには「メニョー」と「ブジュニア」に聞こえていたのです。子供というのは聞こえてくる音をそのまままねていることがよくわかりました。たしかに、マニュエルよりはメニョーのほうが、バージュアよりはブジュニアのほうがネイティブ・スピーカーの発音に近いですね。これは子供と大人の徹底的な差だと思いました。外国語をネイティブ・スピーカーのように身につけるうえでの境が6歳くらいであるというのはこのエピソードひとつとっても納得がいきました。ただし、留学が終わって、帰国すると、英語に接する環境にいないものですから、いくら親が頑張っても、娘も息子も家を飛び出して行って、外で思いっきり遊んで、英語など見向きもしなくなってしまいました。私はそれでもよいと思いました。なお、幼児期に生の英語に接する機会がめったため、今、大学生の娘は発音は確かに私よりもアメリカ人に近いです(ただし、英語の総合力は断然私のほうが上だという自信があります)。しかし、早いうちから子供に英語を学ばせたほうがよいかというと私には疑問です。外向的な性格の娘にとってはロサンゼルスでの体験がよい方向に作用したのか、大学院はアメリカに行くと言っています。一方、言語の学習の向き不向きは男女差や性格の差もあり、やや内向的な性格の息子のほうはあまり楽しかった体験とはとらえていないようで、日本が一番だと言い続けてきました。子供は外国語をすぐにマスターするとよく言われますが、私の観察ではかならずしもそうではないように思います。というのも、「君はだれ?」「それを貸して」「一緒に遊ぼう」といった単純なことを言っているにすぎないので、そんなことをいくら流暢に話せたからといっても、あまり意味はないように私には思えたのです。子供に英語を勉強させようという風潮が強いようですが、英語に自然に触れられる環境にいるならばともかく、子供の性格によっては負の動機づけになって、英語アレルギーを強めてしまいかねません。皆さんのほとんどがすでに大人になっている方でしょう。しかしもう遅すぎるなどと、がっかりしないでください。大人のほうが自ら目的を持ち、動機づけを高めることにかけては子供よりも優れています。また、単純な暗記は苦手でも、論理的な思考は大人のほうがはるかに優れているのです。ですから、必要に迫られたら、大人のほうが真剣に外国語に取り組むことができます。私自身、中学から大学まで自分は英語ができると信じていて、少しも疑いませんでした。ところが、研修医のころに英語が思ったように通じないという体験をしてから、「真剣にやり直してみよう」と決意したのです。そうなると、受験だけが目的の高校生などよりも、よほど真面目に、効率的に英語に取り組みます。年齢ではありません。動機の高さや必要性が、英語の修得には何よりも重要なのです。
[参考サイトのご紹介]
オンライン英会話のぐんぐん英会話
http://www.gge.co.jp/