わたしの子供時代は、TPOという言葉がまだしっかり生きていた。十四歳の時に「エルージャポン」としての「アンアン」が創刊され、パリのおしゃれを初めて知って、死ぬほど憧れたけれど、実際に着る服はまだまだ親の管轄下にあった。品のない素材や色、派手な大柄のもの、露出度の高いもの、ミニ大人みたいな格好は許されなかった。子供には子供に似合うものがある、というのが我が家の大人たちの考え方だったが、後年イタリアで暮らし、かの国ではいまもそのルールが社会の中で機能していることを知った。若いうちは質素に。なぜなら、まだ自分ができあかっていない時代には、なにを着ても似合わないからだ。若いうちは、勉強の時期。それは学問という意味ばかりではなく、自分を知る勉強ということでもある。いわば自分らしさを確立していく時間で、質素なトレーナーやジーンズを着つぶしていく中で、静かに自分と向き合う必要かおる、とされている。実際、お小遣いをあまり与えてもらえないから、好きな服を自由に買うことはできないし、そういう不自由さの中で、いつかこれを着たい、いつかマンマみたいに格好良くなりたいという思いを募らせ、熟成させていく。妙に派手だったり、露出していたりすると、社会の目がうるさい。そういう点では、昭和の日本とイタリアとは共通項があった。自由に好きなものを着られる日本は幸せな国だ。そんなイタリアのルールに感心しながらも、どこかわたしの中に、早いうちに好きなものを着てもいいのではないか、いろいろ着ていくうちにわかっていくのではないか、という気持ちがあったことも確かだった。