今度はイタリアのヴェネツィアでのこと。ヴェネツィアは海上に人工的に島を築いた町だから、細かく分布した町の中の水路が道の役割をしている。鉄道と車は本土の方から長い長い鉄橋を渡ってきた町の入り口で終点になる。水路には乗り合いの水上バスが定期運航していて、水路の交叉点には信号機がある。しかし水上バスは大型なので、細かい水路にまでは入れない。自家用のボートを持つ人もいるが、繋留されている数はごく僅かでしかない。やはりこの町は歩くより他はない。海上0mに近いので、サンマルコ広場は地球温暖化の影響をまともに受け、海面の上昇で広場が海になることが日常化しつつあるという。水路に架かる無数の石橋は、船を通すためアーチ状に造られているので、橋を渡る時は階段を上り下りしなければならなくなる。ここでも高齢化現象が進んでいるようだ。杖をついた老人がゆっくりゆっくり橋を渡ってゆく。あるイタリア人に「この町では車椅子は使えないんだね」と聞いてみた。「無論、使えはしない。水上バスに乗るにしても、橋を幾つも渡らないとバス停に行けない。それでもあの老人は不満ではないと思う。自分がヴェネツィアの町を守っているのだという自覚が彼を支えているからです」という答えが返ってきた。途端に風景が感動的に見えてきた。老人は活発な歩行は困難でも、まだ自力で歩くことができるうちは歩いていようと思っているのであろう。健気なる精神力といってよい。体力と精神力といってよい。体力と精神力のどちらが勝つか。若いときは体力が精神力を支えるが、年をとる毎に精神力が体力を支えるようになるのだと思う。